アンモニア分解水素製造動向
アンモニア分解水素製造動向

アンモニア分解水素製造動向

 2023年は、アンモニアの分解による水素製造に関する動向が関係各社から発表された。水素キャリアのひとつとして日本が推進をしているアンモニアのサプライチェーン構築に向けた技術開発、協力関係構築の動きをまとめる。

目次

アンモニア分解
NEDO採択プロジェクト2件
 JERA、日本触媒、千代田化工
 日揮HD、クボタ、大陽日酸
日本触媒のもうひとつの協同先
 三菱重工、日本触媒
アンモニア生産プラントの第一人者として
 東洋エンジニアリング
その他の動向
 JERA
 レゾナック
 三菱商事
アンモニア分解技術の重要性
 

アンモニア分解

 アンモニアの化学工学的製造方法は、20世紀初頭にドイツの化学者フリッツ・ハーバーとBASFの技術者カール・ボッシュによって発明された。アンモニア生産の目的は、それまで頼ってきた天然の窒化肥料の供給量が減少し、食物を生産するための肥料が足りなくなったためだ。これまでアンモニアは尿素や硫安などの窒素肥料用途に使用されてきた。アンモニアを分解して水素を製造する技術的方法はあったが、水素キャリアとしてアンモニアを使用し、分解して大量の水素を製造する技術はなく、様々な技術が提案されている。

 一般的なアンモニアの分解反応は、次の式で表すことができる。

 NH → 0.5N + 1.5H2 

 この反応は吸熱反応であり、機械的強度に優れたアルミナ担持ニッケル触媒(Ni-Al)を用いて800℃以上の高温が必要だ。ルテニウム(Ru)系触媒を用いることで温度を下げることができるが、高価なルテニウムを使用することは費用面での課題となるため、ルテニウムを使用しないで反応温度を下げる触媒の開発が技術的課題の一つとなる。

 熱の供給に課題があるとすれば、アンモニアやアンモニアを分解した水素の一部を燃焼させて熱の供給元とするオートサーマルリフォーマー(ATR)の発想がある。

 NH + 0.75O → 0.5N + 1.5H

 H + 0.5O → H

 ATRにしてもアンモニア分解反応を促進させるために触媒は必要である。また、ATRの場合、アンモニアや水素の燃焼とアンモニアの分解を同時に行うことになり、制御が難しくなり、水素(H)の収率も単純なアンモニア分解に比べて落ちることになる。

 分解炉は、断熱式反応器(Adiabatic reactor)や燃焼管反応器(Fired tubular reactor)の形式が一般的だか、使用される触媒の特性が異なる。

 アンモニアは1990年代後半から燃料電池用の水素キャリアなどとしても注目を集め、触媒、加熱方法、反応器、反応方法などが研究されてきていて、触媒ではRuを使用しないで活性を上げる触媒などの方向がある。加熱方法ではプラズマやマイクロ波などによる加熱方法、反応も常温でアンモニアの分解反応が進む研究などもされている。ここでは将来想定される水素社会で、水素キャリアとしてアンモニアから大量の水素を取り出す方法として、重工業やエンジニアリング企業などの動向をまとめている。

NEDO採択プロジェクト2件

 2023年6月9日、NEDOは大規模水素サプライチェーンの構築に係る技術開発プログラムとして、2つのプロジェクトを採択すると発表した。一つは、JERA、日本触媒、千代田化工建設が共同で提案した「大規模アンモニア分解向けオートサーマル式(ATR)アンモニア分解触媒の技術開発」。二つ目は、日揮ホールディングス、クボタ、大陽日酸が提案した「大規模外部加熱式アンモニア分解製造技術の研究開発」である。

JERA、日本触媒、千代田化工

 JERA、日本触媒、千代田化工が提案した「アンモニア分解触媒の開発」では、外部加熱が不要で、独立して水素供給ができるATRに適した触媒を開発し、ベンチ試験および商用機の概念設計を行うとしている。

 日本触媒は、2013年から2019年にかけて豊田自動織機らと共同で、内閣府の戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)の採択を受けて、「アンモニアの分解反応による固体酸化物型燃料電池(SOFC)発電システムの研究開発」を実施している。この時に開発したのが上図にあるATR式アンモニア分解ハニカム触媒である。コバルト(Co)/複合酸化物触媒をベースに触媒の改良を行っていて、断熱アンモニア分解反応器による1,000時間の耐久性評価を行っている。

 SIPの成果を基に、日本触媒はアンモニア直接分解型とATRアンモニア分解触媒の事業化を推進していると、2022年9月に報道された。報道では「2025年にはアンモニア分解触媒の量産技術を確立させる」となっていて、NEDOに採択されたプロジェクト日程に沿うものになっている。

 千代田化工は、合成ガス製造用ATRリアクターの技術を保有しているほか、2013年から2019年までSIPに採択された「CO2フリー水素からのアンモニア合成プロセスの構築」で、いくつからのATR方式の概念フロー検討を行っている。

日揮HD、クボタ、大陽日酸

 JERA、日本触媒、千代田化工がATRならば、日揮HDらは外部加熱によるアンモニアの直接分解の製造技術開発を行う。

 上図が示すように水素やアンモニアをバーナで燃焼させて外部加熱を発生させ、分解管の中に充填した触媒でアンモニアの分解を促進させる。日揮が分解炉の開発や全体プロセス統括を行い、耐熱鋳鋼管や反応管の実績があるクボタが分解管の開発を担当、水素生成(PSA)に課題があるとして大陽日酸が研究開発を担当する。

 アンモニア分解触媒はどうするのか。日揮グループには触媒を開発、生産販売する会社があり、アンモニア分解触媒の品ぞろえもある。しかし、日揮のアンモニア合成に関する動向を見ていると、必ずしもグループ会社の開発した触媒や技術にこだわっていないようだ。最終的な形がどのようになるか注目したい。

 日揮グループは、水素キャリアや燃料としてのアンモニアの普及の取り組みをAMUSE(AMmonia Use as a Sustainable Energy)の名称で推進している。2023年9月に開催された第3回燃料アンモニア国際会議での発表でも、アンモニア分解を「ラストピース」として、NEDOの助成の力を借りて推進し、2030年には年間11万トンの生産の実用化を目指すとしている。

日本触媒のもうひとつの協同先

三菱重工、日本触媒

 日本の大手重工会社の水素・水素キャリアに対する向き合い方は違いがある。川崎重工は水素、IHIはアンモニアに注力しているのに対し、三菱重工は水素とアンモニア両方に対応をしている。2023年8月21日、三菱重工は、日本触媒とアンモニア分解システムに関する共同開発契約を締結したと発表した。

 三菱重工も、2023年4月に三菱重工本体に吸収される前の三菱重工エンジニアリングが、SIPプログラムでアンモニア利用ガスタービンの技術開発の技術要素として、アンモニア分解装置の検討を行っている。プログラムでは、アンモニア分解触媒の選定とアンモニア分解装置の概念設計を行った。

 反応器の上部でアンモニア燃焼触媒を利用した温度上昇を行い、下部でアンモニア分解触媒によるアンモニア分解ガスの生成を行う反応器を提案していて、特許化(特許6977250)されている。

 日本触媒は、2023年の技術報告書の中で、開発品と注目市場の一番目として水素市場でのアンモニア分解触媒の開発を挙げていて、アンモニア直接分解触媒とATR向けのアンモニア分解触媒を開発している。先に述べたように、ATRアンモニア分解触媒は千代田化工と開発を行うことになっているので、三菱重工とはアンモニア直接分解触媒の適用が想定される。

アンモニア生産プラントの第一人者として

東洋エンジニアリング

 アンモニア肥料製造プラントエンジニアリングを創業事業とする東洋エンジニアリングは、アンモニア製造設備EPCの第一人者である。これまで米国のエンジニアリング企業Kellogg Brown & Root LLC(KBR)と40年以上のパートナーシップ関係を維持し、KBRライセンスによるアンモニア製造プラントを80以上建設してきた。

 東洋エンジニアリングは2023年8月4日、KBRとアンモニア分解による水素製造技術HACTの商業化推進に関する覚書を締結したと発表した。KBRがアンモニアクラッカー(分解反応器)の基本設計を行い、東洋エンジニアリングが商用機の詳細設計とEPCを行うというものだ。

 KBRのアンモニア分解システムのブロックフローは上図の通り。過去の資料によると、高温低圧(2~4MPa)下で、Ni触媒を使用し、水蒸気改質装置と同様の反応炉でアンモニアを分解する。必要な温度を確保するために、生成された水素の一部を燃焼に使用するが76%の収率を得ることができ、最大一日あたり1,200トンまでの反応に対応するとしている。ただし、アンモニアクラッカーの技術にはまだ改善の余地があるようだ。

 ドイツに拠点を置くスペシャリティ化学メーカークラリアントは断熱式反応器向け、および燃焼管反応器向けアンモニア分解触媒を開発済みであり、KBRはHACTにクラリアントの触媒を使用する。

 KBRは2023年9月、韓国のエンジニアリング企業ハンファ・インパクト社から、韓国大山市の発電所向けアンモニア分解システムHACTのライセンスおよびエンジニアリング設計契約を受領したと発表した。一日あたり200トン超の水素を生産するアンモニア分解装置で、この規模では世界初となる。東洋エンジニアリングとしては先を越されたのであろうか。

 いづれにしても、東洋エンジニアリングはこれまでのKBRとの協力関係から、実務的に一番商業化に近い形でアンモニア分解水素製造装置に関与する姿勢をとっている。

その他の動向

 重工業、エンジニアリング企業のアンモニア分解に関する動向を見てきたが、その他の企業もアンモニア分解に関する発表があった。

JERA

 JERAは2023年6月12日、ドイツのエネルギー事業者EnBW社およびガス卸事業者VNG社と、ドイツ北部・ロストック港における水素製造に向けたアンモニアクラッキング技術の共同開発に向け覚書を締結したと発表した。3社はアンモニアクラッキング技術を実証するプラントの建設を検討し、将来的には商用化に向けたプラント建設を目指すとしている。

 VNGはこれに先立ち、ノルウェーの投資会社Aker Horizo​​ns(ノルウェーの石油ガス企業Aker ASAの子会社)、ノルウェーに本拠を置く世界最大のアンモニア肥料供給会社Yara、再生可能エネルギー会社Total Eren(フランスのエネルギー企業Totalが2023年Erenを子会社化)と提携し、ヨーロッパへのアンモニア輸入に焦点を当てたいくつかのプロジェクトに取り組んでいる。ドイツ・ロストック港でのアンモニア分解での水素製造はひとつのマイルストーンになる可能性がある。

レゾナック

 レゾナックは2023年9月14日、岐阜大学及び三菱化工機と共に、第3期戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)の研究開発テーマ「アンモニア・水素利用分散型エネルギーシステム」において、燃焼器用改質器および燃料電池用改質器ユニットの研究開発で協働していくと発表した。岐阜大学が代表研究開発機関としてATRの開発などを行い、三菱化工機が触媒反応器や燃焼器用改質器の設計・製作などを担当、レゾナックはアンモニア分解触媒の開発や量産化検討を行うとしている。

 大規模水素製造用のアンモニア分解装置ではないが、レゾナックがアンモニア分解触媒の開発を行っていくというのは、エコアンとしてプラスチック廃棄物からアンモニアを生成しているレゾナックとしては、将来的にアンモニア分解によるある程度の規模の水素製造を検討しているのかもしれない。

三菱商事

 三菱商事は2023年12月20日、MIT出身者が創立した米国ニューヨークを拠点とするアンモニア発電システム開発スタートアップ・アモジー社と共同で、韓国のSKイノベーションを加えて、日本・韓国を中心とする東アジアで、アモジー社が保有するアンモニア分解技術を活用した大規模水素輸送事業に関する共同調査を実施すると発表した。調査では、水素輸送関連コストやアモジー社のアンモニア分解技術の技術評価、日本・韓国での水素・アンモニア需要の可能性について調査を行うとしている。

 アモジーは、燃料電池用アンモニア分解水素製造装置を開発していて、高転換率のRu触媒や高効率反応器の設計で多くの特許を取得している。また、ドローンやトラクターでの実証試験実績もある。スタートアップ独自の技術と機敏さで、渇望されるアンモニア分解システムのブレークスルーを行うことができるか。

アンモニア分解技術の重要性

 アンモニアの製造プラントは、大規模化により現在では日量2,000から3,000トンのプラントが一般的だ。今後水素キャリアとしてのアンモニアや燃料アンモニアの需要が増大することを反映して、日量6,000トンレベルのアンモニア製造プラントの計画もある。

 一方、アンモニア分解については、これまで小規模なものしかなく、大規模なアンモニア分解装置・システムについては未知の部分がある。アンモニア製造に大量のエネルギーが必要なのと同様に、アンモニアの分解も吸熱反応でエネルギーが必要であり、エネルギー効率の向上はアンモニアが水素キャリアとして生き残れるか重要なカギとなる。

 ブルーアンモニアが、天然ガスが産出される地域で大量に製造されることは経済的に理にかなっているが、アンモニアを輸送して、消費する際にどこで、どの程度水素に変換するかによって、アンモニアの分解装置の規模、経済性が変わってくる。いろいろな場合を想定して設計していかなければならない。

 このように、アンモニアを水素キャリアとして考えた場合、アンモニア分解装置システムの開発は重要なピースであり、日本の重工業、エンジニアリング企業、触媒会社も開発に拍車をかけている。一方で、過去からの経緯で分かる通り、商業化にはタイミングと開発期間がかかる。それぞれの技術がどのように展開していくのか見守っていきたい。

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