デンソーの新規事業としての農業分野への参入
デンソーの新規事業としての農業分野への参入

デンソーの新規事業としての農業分野への参入

目次

 アンケート調査
スマート農業
 農業分野での課題
 食料自給率目標とスマート農業
 政府がお手本とするオランダ
 スマート農業とは
デンソーの農業分野への試み
 農業用ハウス支援システム
 JVアグリッドによるトマト栽培
 セルトンの子会社化
農業分野進出の難しさ
 農業事業の経営安定性
 参入者の多いスマート農業技術
 日本の施設園芸農業規模


 デンソーは2023年9月1日、オランダの施設園芸事業者セルトングループの全株式取得を記念した式典を開催したと発表した。自動車部品メーカーが新事業として農業分野に参入する報道が増えている。自動車産業をめぐる環境の変化と共に、受注の減少で事業を継続していくことが難しいと考える企業は多い。特に2022年以降大手自動車部品メーカーの農業分野への参入に関する報道目立つ。

アンケート調査

 一般財団法人静岡経済研究所が2018年に調査した「静岡県の自動車部品メーカーの動向に関するアンケート調査」では、加速するEVシフトに対して6割以上の企業が「危機感」を感じ、「本業強化のほか自動車以外の分野に積極的に進出する」と回答した企業が半数を超えている。進出する他分野で農業・食料品と回答した企業は15%(複数回答)で、上位5番目に入っている。つまり、多くの企業が異分野進出で思いつく分野であるということだ。

 本コラムでは日本の農業の課題とデンソーの農業分野への進出の試みを振り返りながら、自動車部品企業の新事業としての農業分野への進出の可能性と難しさを探る。

スマート農業

農業分野での課題

 日本の農業分野の課題は、多くの日本人が認識しているように、農業従事者の高齢化、および、農業従事者の減少によって農業の担い手が減少している現実がある。農林水産省の「農林業センサス」データによると、2005年には224万人いた基幹的農業従事者は2020年には136万人と88万人減少し、4割縮小している。

 また、2022年の日本の食料自給率はカロリーベースで38%であった。カロリーベースの食料自給率は先進国9カ国中、最下位だ。世界の人口増加に伴い、食料需要の大幅な増加が予測され、輸入に頼っている日本の食料安全保障は大きな問題となっている。

食料自給率目標とスマート農業

 政府は1999年に制定された食料・農業・農村基本法を基に、おおよそ5年ごとに食料・農業・農村基本計画を策定している。令和2年(2020年)に策定された計画では、2030年の食料自給率の目標値をカロリーベースで45%に設定した。

 これらの問題や目標を達成するために政府は、食料・農業・農村政策を打ち出しているが、その一つの柱が「スマート農業」だ。農業従事者が減少する中、食料供給基盤が維持できるようにするための生産性の高い農業の確立を目指している。

政府がお手本とするオランダ

 オランダは世界でも有数の農業大国であり、農産物・食料品の輸出でも米国に次ぐ2位となっている。農林水産省の資料によると施設栽培でのトマトの10aあたりの収量は、オランダが50トンを超えているのに対し、日本は10トン程度。トマト栽培での収量1トン当たりの労働時間は日本が114時間なのに対して、オランダは12時間と大きな差がある。オランダは1980年代より環境制御技術を導入し、施設栽培の生産性が飛躍的に向上した。日本政府は高い生産性を有するオランダの施設栽培をロールモデルとして日本の農業に取り入れる努力をしてきた。

スマート農業とは

農水省による「スマート農業」定義は、「ロボット、AI、IoTなど先端技術を活用する農業」だ。生産現場の課題を先端技術で解決する。言わば、農業分野におけるSociety5.0としている。具体的例としては、施設環境計測・制御システム、ドローン、アシストスーツ、無人トラクター、運搬ロボット、技術継承システム、収穫ロボットなどが挙げられる。

 先端技術を活用するとなれば、自動車部品メーカーもこれまで自動車部品の研究開発のノウハウやリソースを応用することができそうだ。

デンソーの農業分野への試み

 デンソーは2023年8月1日、施設農業設備販売、および、コンサルティングを行うオランダのセルトングループの全株式を取得し子会社化したと発表した。ここでは、これまでのデンソーによる農業分野進出の動向をまとめる。

農業用ハウス支援システム

 デンソーは2010年代初頭に農業分野への進出検討を始めた。デンソーが手掛けてきた車載・家庭用空調システムや工場用制御技術を活用し、農業ハウス内の生育環境を最適化する制御システムを開発するというものだ。2012年には愛知県豊橋市の実証ハウスに試作機を導入して、トマトの栽培での効果を検証している。

 2015年には、農業資材や種子・苗などを取り扱う愛知県豊橋市のトヨハシ種苗を通じて、農業生産支援システム「プロファーム」の販売を開始した。2016年には農業用ハウス内の温度や日照量を監視する農業ICTシステム「プロファームモニター」を発売。2017年には長期構想として非自動車事業のひとつとして「農業・FA」を設定し、全社的に農業分野への事業進出を明らかにした。

 プロファームモニターは、183件の導入実績を残して2020年には販売を終了した。その代わりに2019年からは、トヨタネと同じく愛知県豊橋市の温室やビニールハウスを手がける大仙を加えた3社で、気流をデザインする次世代型農業ハウス「プロファームT-キューブ」を開発し、販売を開始した。工業的な「標準化」の考え方を取り入れ、栽培環境の均一化・安定化を実現したとしている。

JVアグリッドによるトマト栽培

 2018年、デンソーは三重県津市にある浅井農園と合弁会社アグリッド(浅井農園51%、デンソー49%)を設立し、三重県いなべ市に栽培面積4haと日本最大級の農業用ハウスを建設してトマト栽培を開始した。2020年には、人と同じペースで果実を収穫できるAIロボットFAROを開発しトマトの収穫に使用している。

 アグリッドではハウス内の温度や湿度を最適化し、安定的な周年にわたるトマト栽培ができ、カメラによるモニターで収穫時期を判断し、FAROなど収穫ロボット、AGVによる自動化で24時間の稼働を行うことで、高効率なトマト栽培を行っている。

セルトンの子会社化

 2020年にはオランダの施設園芸事業者セルトングループに出資し、セルトンと日本国内およびアジア向け販売会社「デンソーアグリテックソリューションズ」を設立している。2022年デンソーは、定款の事業目的に「農業」を追加し、2023年8月1日、セルトングループの全株式を取得し完全子会社化した。

 セルトンは1896年に設立された温室建設や多層栽培システムなどに関する技術・設計・ノウハウを保有する施設園芸ソリューション提供企業である。世界で20カ国以上にソリューションプロジェクトを提供してきている。

農業分野進出の難しさ

 日本の農業については前述したように課題が多い。食物は生きていくうえで必須なものなので、課題を解決する方法を考えて進出しようと考える企業があるのもうなずけるところだが、なかなか思ったようにはいかないのが農業分野だ。

農業事業の経営安定性

 一般社団法人日本施設園芸協会が発行している令和4年度施設園芸・植物工場実態調査によると、2022年の施設事業者の決算は、35%が黒字、27%が収支一杯、残りの41%が赤字だ。農水省の農業経営統計調査からは、黒字事業者であっても、その6割は営業利益率が5%以下となっている。

 デンソーが出資するアグリッドも数億円の売り上げ規模事業に成長はしたが、思うように利益を確保するのは難しいようだ。円安や燃料価格高騰による資材価格や光熱費の高騰による影響や、収穫した作物を選別し、袋詰めする作業には人手に頼ることになり、多くの事業所がパートや外国人実習生といった低賃金労働者を頼りに人件費の削減に取り組んでいるが、賃金の上昇も利益率を低下させる要因となる。

 施設農業を行うために高額な農業用ハウスを設置することは、農業事業で安定した収益を上げることを難しくする。デンソーと合弁会社アグリッドを設立した浅井農園のCEO浅井雄一郎氏は次のように語る。「ハウスは言ってみれば『箱』なので、わたしはお金をかけたら負けだと思っています。」

参入者の多いスマート農業技術

 農水省は、現在開発または販売されているスマート農業技術を広く知ってもらうために「スマート農業技術カタログ(施設園芸)」を発行している。令和5年7月更新版のカタログには、経営データ管理、栽培データ活用、環境制御、自動運転/作業軽減、センシング/モニタリングの5分類で参入者の技術概要などが紹介されている。

 デンソーがトヨタネ、大仙と共同で販売しているプロファームT-キューブは環境制御に分類されるが、環境制御には55の技術が紹介されている。デンソーが2020年まで販売を行っていたプロファームモニターのカテゴリーに入るセンシング/モニタリング技術には65以上の技術が載っている。

 各技術は使用対象や使用条件などで差別化はされているが、参入者は多い。環境制御では農業関係企業のほかに富士通やパナソニックなど電気電子IoT大手などの名前も確認することができる。如何に開発技術を農業従事者にアピールしていくか、マーケティングの視点も必要となりそうだ。

日本の施設園芸農業規模

 大規模施設園芸・植物工場実態調査によると、人工光型、太陽光・人工光併用型、太陽光型を合わせた大規模施設の数は2015年度の306から、2022年度には424と4割増加した。特に、太陽光型の増加が目立つ。

 農水省の農業センサスのデータでも、経営耕作面積規模は年を追うごとに大規模化の傾向を示していて、1995年には10ha未満の経営耕作面積規模が74%を占めていたものが、2020年には45%まで低下している。

 従って、スマート農業を導入した大規模施設が増加することが期待されるが、上記のデータから分かるように2015年から2022年までの大規模施設の平均増加数は年17施設であり、これらの施設に多くのスマート農業技術業者が導入を目指すのは競争が激しいと言わざるを得ない。

 デンソーは、8月1日にオランダのセルトングループの全株式を取得したと発表した。セルトンの施設園芸技術に関するブランド力と世界各国でのプロジェクト実績は、規模が小さい日本市場での競争環境から抜け出して、農業分野での事業の成長を確かにするには必要なものかもしれない。今後の動向を見守っていきたい。

参考 ・日本施設園芸協会 施設園芸・植物工場実態調査 ・農水省 スマート農業、農業センサス

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